洋服より、私が“制服”になっていたい
今週のお題「制服」
学生時代はブレザーだった。
動きやすさ重視で、正直かわいくなかった。
でも、その制服を着ているだけで、「学生らしさ」を身にまとえた気がした。
じゃあ、今の私は?
社会人になって毎日着ているスーツは、制服なんだろうか。
■ なるべく無難で、なるべく無視されたい
私は普段、なるべく“無難”な服を選ぶ。
目立たない色、シンプルなデザイン。トレンドは追わない。
「褒められたい」とも、「見られたい」とも思っていない。
ただ、“信頼されたい”とは思っている。
服で印象を操作するより、
態度や行動で信頼を築きたい。
だから、服はできるだけ空気のようにしておきたいのだと思う。
■ 洋服よりも、「私自身」が制服でありたい
私の“制服”は、きっとスーツではない。
そう見せる仕草、背筋、言葉遣い、時間を守る姿勢、
そういうすべてが、私の「制服」になっている。
つまり私はこう思っている。
「洋服を見てほしいんじゃない。私自身が“制服”なんだ」と。
■ それでも、制服はきっと人生のどこかにある
学生服に込められた思い出。
誰かのために選んだ仕事着。
目立たなくても、自分らしくいられる無難なコーディネート。
制服とは、“その人の生き方”がにじむもの。
たとえジャケットの肩に力が入っていなくても、
そこに誠実さやプロ意識が宿っているなら、
それはもう立派な「制服」だと思う。
■ 私を見てほしい、でも着飾らなくていい
だから、無視されてもいい。
派手じゃなくていい。目立たなくていい。
その代わり、一度関わった人にだけ、ちゃんと見ていてほしい。
「この人は信頼できる」と思ってもらえたら、
それが何よりの“制服”になるのかもしれません。